先日研修に行きました。
看取りについて医師からの視点での講話を聴いてきました。
人それぞれ。医師もそれぞれ。説明もそれぞれ。
医師の講話の中に点滴の判断の話がありました。
その医師は、「点滴も延命です。」と説明をするそうです。
点滴のメリット・デメリットを説明し、判断してもらうそうです。
看取り介護の説明場面で、自然な最期を希望される方がいます。
自然な最期と言っても大半は、点滴を希望されます。
しかし、高齢の方で、自宅で最期を看取らた経験がある方の中には、点滴も希望されない方もいます。
事前確認書をとる中で、「点滴はしません。」と答えられた方がいらっしゃいました。
それに対応した若い職員は、何もしないことに驚きを隠せない様子でした。
以前の私もそうでした。
しかし、多くの方を見送った経験の中で、点滴をしない選択肢も必要な選択肢であると思うようになりました。
点滴は、蘇生と同じと思います。始めた治療は、途中でやめられません。
やめられるのは、身体的に限界が来たとき。
その時は、どんな状態でしょうか。
点滴をして何度も何度も刺し直し皮膚の色が変わって痛々しい腕。
やっと入った針も支えきれず、血管から漏れて腫れてしまった腕。
中には呼吸が苦しく肩で息をしている方も。
家族が選択するまで悩みます。
当たり前の事です。
その時私たちは、話を聞きそこに家族のつながり夫婦・親子等の死生観に行きつき最期までどのように生きて欲しいか。
最期まで苦しまずに過ごしてほしいのか。
どんな形でも家族と一緒にいたいと思っているのか。
本人が判断できない場合は、家族が結論を出すまでは、聞き役です。
心の整理をつけるための役割です。
最期までの時を大切にするために。
側にいます。無力な私にはそれしかできないので。
